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東京地方裁判所 昭和35年(行)80号 判決

判  決

東京都練馬区南町二丁目五、八六五番地

原告

岡部勇二

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

植木庚子郎

右指定代理人

横山茂晴

徳出平

木戸武好

右当事者間の昭和三五年(行)第八〇号退職手当金請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の求める判決

原告は、「(一)被告は原告に対し金五六一、〇八〇円を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  請求の原因

1  郵政事務官としての退職手当の請求

(一)  原告は昭和五年八月二二日から昭和三三年四月一日退職するまでの間引続き郵政省(昭和二四年六月一日以前は逓信省)に国家公務員(郵政事務官)として勤務し、退職時における俸給は当時の一般職の職員の給与に関する法律の別表第一のイ行政職俸給表(一)の四等級八号俸(俸給月額金二八、九〇〇円)であつた。そして原告は右退職に伴い昭和三三年五月三〇日被告から国家公務員等退職手当暫定措置法(昭和三二年法律第七四号によつて改正された昭和二八年法律第一八二号―以下「旧退職手当法」と略称する。)第三条第一項の規定に基づく退職手当(普通退職の場合の退職手当)として、金五〇二、八六〇円の支払を受けた。

(二)  しかしながら、原告は、後記(3)的掲げる理由により、被告から旧退職手当法第五条第一項の規定に基づく退職手当(長期勤続後の退職等の場合の退職手当)として、同法第三条第一項の規定によつて計算した額に一〇〇分の二〇〇を乗じて得た額の支払を受ける権利がある。すなわち、原告は、昭和五年八月二二日から昭和三三年四月一日まで在職したのであるから、原告の退職手当の算定の基礎となる勤続期間は、同法第七条の規定により二八年であり、原告の退職の日における俸給月額は二八、九〇〇円であるから、この勤続期間と俸給月額を基礎とするとき、同法第三条第一項の規定により計算した退職手当の額は金五二三〇九〇円となる。従つて、被告は原告に対し、同法第五条第一項の規定に基く退職手当として、右金五二三、〇九〇円に一〇〇分の二〇〇を乗じて得た額、すなわち金一〇四六、一八〇円を支払うべき義務がある。

(三)  ところで、被告が原告に対する退職手当としては、旧退職手当法第三条第一項の規定に基づく退職手当(普通退職の場合の退職手当)でなく、同法第五条第一項の規定に基づく退職手当(長期勤務後の退職等の場合の退職手当)を支払う義務があるのは次に掲げる理由によるのである。

(1) 旧退職手当法第五条第一項は、二五年以上勤続して退職した者で政令に定める者に対する退職手当の額について規定し、同法施行令第五条第一項第二条は、「二五年以上勤続して退職した者で同法第五条第一項の規定の適用を受けるもの」とは、「勤続期間二五年以上でその者の非違によることなく勧しようを受けて退職した者」とする旨を定めているから、これら規定の文言を一見しただけでは、二五年以上勤続し、かつ勧しようを受けて退職した者でなければ、同法第五条第一項の規定に基づく退職手当の支給を受けられないかのようである。

しかし、旧退職手当法は昭和三四年法律第一六四号により、大幅な改正が行われると共に、国家公務員等退職手当法と改称されたが、(以下昭和三四年法律第一六四号を「改正法」と、右改正後の国家公務員等退職手当法を「新退職手当法」と略称する。)その第四条第一項は、二五年以上勤続して退職した者に対しては、勧しようを受けて退職したことを要件とすることなく、旧退職手当法第五条第一項に規定する額とほぼ同額の退職手当を支給する旨を規定している。そもそも改正法案は、国家公務員等退職手当暫定措置法(昭和三二年法律第七四号による改正前の旧退職手当法、以下同じ)を改正するため、昭和三二年初頭の国会に提出されたが、改正法と同時に施行すべく、同国会に提出された国家公務員共済組合法案が末成立に終ることとなつたため、改正法案の成立も見送られることになつたが、すでに公表されていた右改正法案の規定の内容が国家公務員等退職手当暫定措置法の規定するところよりはるかに退職者に有利であつたところから、改正法に代つて退職者の利益を図るため、昭和三二年法律第七四号をもつて国家公務員等退職手当暫定措置法の一部を改正し、改正法案の規定の一部を盛込んだのが、旧退職手当暫定法である。(この旧退職手当法がその後更に昭和三四年法律第一六四号により、改正が行われると共に、国家公務員等退職手当法と改称されたことは、既述のとおりである。)

右のような経過からすれば、少くとも昭和三二年法律第七四号の施行の日である同年四月二〇日以降に退職した国家公務員に対して旧退職手当法第五条第一項の規定を適用するについては、新退職手当法第四条第一項の規定と同様に、勧しようを受けて退職したことを要件としないものと解すべきである。従つて昭和三三年四月一日に退職した原告は、その退職につき勧しようを受けたことはないが、二五以上勤続して退職した者であるから、被告は原告に対し旧退職手当法第五条第一項の規定に基づく退職手当を支払う義務がある。

(2) 仮に右主張が採用されないとしても、前述のように、旧退職手当法施行令第五条第一項第二号は勧しようを受けて退職したことを同法第五条第一項の規定の適用の要件としたのであるが、この勧しよう制度の具体的な内容については同法施行令中に何らの規定も設けられていない。右のように、単に抽象的に規定するのみでは、普通退職の場合の倍額手当の支給を受けるという重大な効果をもたらす旧退職手当法第五条第一項の規定の適用を任命権者の恣意にゆだねることとなるのであり、このようなことはとうてい許されない。従つて、同法第五条第一項の規定の適用については、勧しようを受けて退職したことは、その要件として規定されていないものとみる外はない。原告は、その退職につき勧しようを受けたことはないが、二五年以上勤続して退職した者であるから、被告は原告に対し同法第五条第一項の規定を適用し、これに基く退職手当を支払う義務がある。

(四)  以上のとおりで、被告は原告に対し、旧退職手当法第五条第一項に基づく退職手当として、前記(2)に説明した金一〇四六、一八〇円を支払う義務があるところ、既に同法第三条第一項に基く退職手当として金五〇二、八六〇円(この金額の算定については、その算定の基礎となつた原告の勤続期間を二七年とした誤りがあるので、これを原告を主張するように二八年として算定すれば、たとい原告に対しては同法第三条第一項の規定に基く退職手当を支払えば足りるものとしても、その退職手当の額は金五二三、〇九〇円が正当である。)を支払つたので、原告はその差引残額金五四万三、三二〇円の請求権を有する。

2  郵政事務官としての損害賠償の(予備的)請求

(一)  仮に以上の主張が理由がなく、国家公務員の退職につき旧退職手当法第五条第一項の規定を適用するには、勤続期間が二五年以上であるほかに、なお勧しようを受けて退職した者であることを要件とするものとすれば、被告は原告に対し、後記(2)に掲げる理由により、その退職を勧しようをすべき義務があつたのに、これを履行しなかつため、退職手当暫定措置法第五条第一項の規定に基づく退職手当の支払を受け得る原告の権利を喪失させ、原告をして右退職金一〇四六、一八〇円に相当する金額の損害を被らせたので、被告はこれを賠償すべき義務がある。

(二)  被告が原告に対し退職を勧しようすべき義務があつたのは、次に掲げる理由によるものである。

(1) そもそも退職手当は国家公務員に対する勤続報償的な性質を有する給付であるから、平等に支給されなければならない。被告が二五年以上勤続して退職する者に対して退職手当を支給する場合に、被告の裁量によつて、ある者には退職を勧しようすることによつて旧退職手当法第五条第一項の規定に基づく退職手当を支給し、他の者には退職を勧しようすることなく同法第三条第一項の規定に基づく退職手当を支給するという不平等な取扱をすることは許されないのである。このことは、国家公務員法第二七条の規定による平等取扱の原則からいつても当然である。従つて、被告は二五年以上勤続していた原告に対して、その退職を勧しようする義務があつたのである。

(2) 旧退職手当法第三条第一項及び第四条第一項は、退職手当の額を、二一年以上で三五年以下の期間勤続して退職した者について最も高率に定め、二〇年以下の期間又は三六年以上の期間勤続して退職した者については、比較的低率に定めているが、それは、国家公務員の人事の行詰りを打開し、その新陳代謝を図るには、二一年以上で三五年以下の期間勤続した者の退職を必要とするためであるから、このような者に対しては、被告はその退職を勧しようすべき義務がある。原告は既に述べたように二八年間勤続していたのであるから、被告は原告の退職を勧しようすべき義務があつたのである。

(三)  以上のように、被告は原告に対し、義務不履行による損害として金一〇四六、一八〇円を賠償すべき義務があるので、原告は右損害金のうち金五四三、三二〇円(右損害金から既に退職金として受取つた金五〇二、八六〇円を差引いた残額)の請求権を有する。

同法修習生としての退職手当の請求

(一)  原告は昭和三三年四月一日最高裁判所によつて司法修習生に採用されたところ、昭和三五年四月七日その修習を終え、退職した。

(二)  司法修習生は、裁判所法第四編において、「裁判所の職員及び司法修習生」と題し、裁判所の職員と並んで、採用、給与及び監督等その身分関係が規定され、司法修習生に関する規則(昭和二三年八月一八日最高裁判所規則第一五号)第二条によつて、兼職が禁止されていて、国家公務員である裁判所の職員と同様に取扱われ、また国家公務員共済組合法による裁判所共済組合の組合員として、掛金を微収されると共に各種の給付を受ける資格を有している。従つて、司法修習生は、国家公務員であり、仮にそうでないとしても、少くとも国家公務員に準ずる取扱を受ける者であるから、新退職手当法の適用を受けるものということができる。

(三)  原告の退職時における給与月額は金一四、八〇〇円であり、その勤続期間は二年であるから、原告は被告に対し、新退職手当法第三条の規定に基づく退職手当として金一七、七六〇円を請求する権利を有する。

3  上述したところによつて、原告は被告に対し前記1の郵政事務官としての退職手当又は損害賠償金として金五四三、三二〇円と前記2の司法修習生としての退職手当金一七、七六〇円との合計金五六一、〇八〇円の支払を求めるため本訴に及んだ。

三、請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1及び2については、1の(一)の事実は認めるが、原告が郵政事務官として旧退職手当法第五条第一項の規定に基づく退職手当の請求権ないしその主張のような損害賠償請求権を有するとの主張は争う。

同3については、原告が昭和三三年四月一日司法修習生に採用され、昭和三五年四月七日その修習を終えたものであることは認めるが、原告が司法修習生として新退職手当法第三条第一項の規定に基づく退職手当の請求権を有するとの主張は争う。

2  国家公務員が退職した場合、旧退職手当法第五条第一項の規定に基づく退職手当の支給を受けるためには、二五年以上勤続して退職した者であることの外に、なおその者の非違によることなく勧しようを受けて退職したものであることを要することは、同法施行令第五条第一項第二号に明定されている。原告は昭和三二年一〇月一〇日司法試験に合格し、司法修習生になるため、昭和三三年四月一日附の書面をもつて辞職を申出て、郵政事務官を退職した者であつて、勧しようを受けて退職した者ではないから、同法第五条第一項の規定に基づく退職手当の支給を受けることはできない。

原告は、現行の新退職手形法第四条第一項が、二五年以上勤続して退職した者に対しては、その者が退職の勧しようを受けたかどうかにかゝわりなく、同条項所定の額(旧退職手当法第五条第一項の規定に基づく退職手当とほぼ同額)の退職手当を支給する旨を規定していることを挙げて、旧退職手当法第五条第一項の規定の適用についても、新退職手当法第四条第一項の規定と同様に、勧しようを受けて退職したことを要件としないものと解すべきであると主張するのであるが、それは旧退職手当法施行令の当該規定が明定した同法第五条第一項の規定の適用要件を無視した感情論であつて、とうてい採用に値しない。

3  また、旧退職手当法施行令第五条第一項第二号にいわゆる退職の「勧しよう」は、長期勤続者に対しては必ずしなければならないものではないし、長期勤続者で同一の条件にある者にはすべて直一的にしなければならないものでもない。原告の損害賠償の請求は、被告が原告に対し退職を勧しようすべき義務があつたという誤つた前提に立つものであつて、失当たるを免れない。

4  新退職手当法の規定による退職手当は、国の事務に従事する国家公務員が退職した場合にその者に支給される勤続報償的性質を有する給付である。ところで、司法修習生は裁判官、検察官及び弁護士の実務を修習するものであつて、国家の事務に従事する者でないから、国家公務員でないことはもちろん、勤続報償的性質を有する退職手当の支給につき、国家公務員に準ずる者とみることもできない。なお司法修習性が国家公務員である裁判所の職員と同様、裁判所共済組合の組合員であるとしても、国家公務員共済組合法による共済組合の制度は組合員相互の救済を目的とするものであるから、司法修習生が右共済組合の組合員であることから、直ちにこれを国家公務員であるとし、又はこれに準ずるものとして、退職手当法の適用を受ける者とすることはできない。

四、証拠(省略)

理由

一  郵政(逓信)事務官としての退職手当の請求について

1  原告が昭和五年八月二二日から昭和三三年四月一日退職するまでの間引続き郵政省(昭和二四年六月一日以前は逓信省に国家公務員(郵政事務官)として勤務し、退職時における俸給が当時の一般職の職員の給与に関する法律の別表第一のイ行政職俸給表(一)の四等級八号俸(俸給月額金二八、九〇〇円)であつたこと、原告が右退職に伴い昭和三三年五月三〇日旧退職手当法第三条第一項の規定に基づく退職手当(普通退職の場合の退職手当)として被告から金五〇二、八六〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

2  原告は、右退職により、旧退職手当法第三条第一項の規定に基づく退職手当(普通退職の場合の退職手当)でなく、同法第五条第一項の規定に基づく退職手当(長期勤続後の退職等の退職等の場合の退職手当)として金一〇四六、一八〇円の支払を求める権利があるとし、その第一の理由として、旧退職手当法改正の経過からみて、旧退職手当法第五条第一項の規定を適用するについては、現行の新退職手当法第四条第一項の規定と同様に、勧しようを受けて退職したことを要件としないものと解すべきであるから、二五年以上勤続して退職した原告は、その退職につき、勧しようを受けたことはないが、旧退職手当法第五条第一項の規定の適用を受ける旨を主張する。

旧退職手当法第五条第一項は、「二五年以上勤続した退職した者で政令に定めるもの」に対しては、同項所定の額――(退職者の退職日における俸給月額に、一年以上一〇年以下の勤続期間については、一年につき一〇〇分の六五、十一年以上二〇年以下の勤続期間については、一年につき一〇〇分の六〇、二一年以上三五年以下の勤続期間については、一年につき一〇〇分の七〇、三六年以上の勤続期間については、一年につき一〇〇分の六五の各割合を乗じて得た額の合計額の二倍の額)――退職手当を支給する旨を規定し、同法施行令第五条第一項第二号は、「二五年以上勤続して退職した者で法第五条第一項の規定の適用を受けるもの」とは、「勤続期間二五年以上でその非違によることなく勧しようを受けて退職した者」とする旨規定しているから、同法第五条第一項の規定に基づく退職手当の支給を受けるには、二五年以上勤続した者で、且つその者の非違によることなく勧しようを受けて退職したものであることを必要とする。これに対し新退職手当法第四条第一項は、「二五年以上勤続した者」に対しては、同項所定額の――(退職者の退職日における俸給月額に、一年以上一〇年以下の勤続期間については、一年につき一〇〇分の一二五、十一年以上二〇年以下の勤続期間については、一年につき一〇〇分の一三七・五、二一年以上三〇年以下の勤続期間については、一年につき一〇〇分の一五〇、三一年以上の勤続期間については、一年につき一〇〇分の一三七・五の各割合を乗じて得た額の合計額)――の退職手当を支給する旨を規定しているから、同法第四条第一項の規定に基づく退職手当の支給を受けるには、二五年以上勤続して退職した者であれば足り、勧しようを受けて退職したものであることを必要としない。このように、旧退職手当法第五条第一項の規定と新退職手当法第四条第一項の規定とでは、退職手当支給の要件とその額を異にしているのであるから、原告が主張するような旧退職手当法改正の経過のみから、同法第五条第一項の規定の適用については、新退職手当法第四条第一項の規定と同様に、勧しようを受けて退職したものであることを要件としないものと解し、二五年以上勤続して退職した者であれば、勧しようを受けて退職したものでなくとも、なおその者は旧退職手当法第五条第一項の規定に基づく退職手当の支給を受ける権利を有するとする原告の主張は、同法施行令第五条第一項の規定の明文を無視した独自の見解に基づくものであつて、とうてい採用することができない。

3  原告は、旧退職手当法第五条第一項の規定に基づく退職手当の支払を受ける権利を有することの第二の理由として、同法施行令第五条第一項第二号にいわゆる「勧しよう」の制度の具体的な内容については、なんらの規定も設けられていないから、同法第五条第一項の規定の適用については、勧しようを受けて退職したものであることを要件としないものと解する外なく、従つて、二五年以上勤続して退職した原告は、その退職につき、勧しようを受けたことはないが、同法第五条第一項の規定を受ける旨を主張するのである。

しかし、同法第五条第一項第二号にいわゆる「勧しよう」の制度は、人事の行き詰りを打開し、その刷新を図るためには、長期勤続者に対し退職をすすめる必要がある場合を考慮して、設けられたものであるから、退職の勧しようはかかる必要がある場合に行うことができるのであり、従つて、「勧しよう」の制度について更に具体的な規定が設けられていないからといつて、必しも同法第五条第一項の規定の適用が任命権者の恣意に任される結果にはならないし、また、たといそのような虞があるとしても、そのために、直ちに同法第五条第一項の規定の適用について、原告が主張するような解釈をとることは不可能である。原告の右主張も採用することができない。

4  以上の次第で、原告の退職は、旧退職手当法第五条第一項の規定の適用を受ける場合に該当しないから、その退職手当については、同法第三条第一項の規定の適用を受けるものといわなければならない。してみると、同法第五条第一項の規定に基づく退職手当の支払を受ける権利を有することを前提とする原告の退職手当の請求は理由がない。なお、原告は、原告に対する同法第三条第一項の規定に基づく退職手当の額は金五二三、〇九〇円が正当であると主張するのであるが、原告は、前記のように、昭和五年八月二二日から昭和三四年四月一日まで郵政事務官として在職したのであるから、原告に対する退職手当の算定の基礎となる勤続期間は、同法第七条の規定により、二七年となり、(原告が右勤続期間を二八年と計算したのは、誤りである。)、原告の退職の日における俸給月額は二八、九〇〇円であるから、この勤続期間と俸給月額を基礎として算定するとき、原告に対する同法第三条第一項の規定に基づく退職手当の額は金五〇二、八六〇円が正当であつて、原告が既に支払を受けた退職手当の額に計算上の誤りはない。

二  郵政事務官としての損害賠償の請求について

原告は、被告が原告に対し退職を勧しようすべき義務があつたのに、その義務を履行しなかつた結果、原告に損害を与えたとし、その損害賠償を請求する。

しかし、原告が主張するような理由によつては、被告に原告の退職を勧しようすべき義務があつたものと解することができないことはもちろん、他にこのような義務があつたものと解すべきなんらの根拠もない。まして原告が司法修習生になるために昭和三三年四月一日付で辞職を申出たものであることは、弁論の全趣旨から認められるのであつて、このように自己の都合によつて辞職を申出た原告に対し、被告が更に退職を勧しようすべき義務があつたとは、とうてい解することができない。してみると、被告に原告の退職を勧しようすべき義務があつたことを前提とする原告の損害賠償の請求は理由がない。

三  司法修習生としての退職手当の請求について

原告が昭和三三年四月一日司法修習生に採用され、昭和三五年四月七日その修習を終えたものであることは、当事者間に争いがないところ、原告は、司法修習生は国家公務員であるが、少くともこれに準ずる取扱を受ける者であるから、新退職手当法の適用を受け、同法第三条の規定に基づく退職手当の支払を受ける権利を有する旨を主張する。

制定法上国家公務員の定義を定めた規定はなく、国家公務員法においても具体的に個々の職が国家公務員の職に属するかどうかを人事院の判定に委ねているのであるが、(同法第二条第四項後段)、一般的にいえば、国家公務員とは、国との間に勤務関係に立ち、国の公務に公の根拠に基づいて従事し、国から給与を受けるものであるということができるところで、司法修習生は、司法試験に合格した者が裁判官、検察官又は弁護士になるため、「高い識見と円満な常識を養い、法律に関する理論と実務を身につけ、裁判官、検察官又は弁護士にふさわしい品位と能力を備える」ように、(司法修習に関する規則第四条)少くとも二年間の修習をするものであつて、国の公務に従事する者ではないから、これを国家公務員ということはできない。もつとも司法修習生は、最高裁判所によつて命ぜられ、修習期間中国庫から一定額の給与を受ける(裁判所法第六六条、第六七条第二項)反面、修習の全期間を通じて、最高裁判所の委任を受けた司法研修所長の監督に服し、最高裁判所の許可なくして公務員となり、又は他の職業につき、もしくは財産上の利益を目的とする業務を行うことができないのみならず、修習にあたつて知り得た秘密を漏らしてはならない義務を負つているのであつて(司法修習生に関する規則第一ないし第三条)、給与、監督その他身分関係につき国家公務員と同様な取扱を受けている面もあるが、国の公務に従事する者ではないから、これに対する勤続報償的性質を有する退職手当の支給に関しては、国家公務員に準ずる者とみることもできない。

なお、国家公務員共済組合法による共済組合法による共済組合の制度は、各省各庁の職員が相互救済を目的として法人たる組合を組織し、その組合が組合員及びその被扶養者に対し病気、災害に関する適切な給付を行い、福祉事業を営むために設けられたものであり、従つて職員が共済組合から受ける各種の給付は、国と異る組合から組合員らに対する相互救救のために行われる給付であつて、国から国の公務に従事する者に対する勤続報償的給付として支給される退職手当とは全く性質を異にする。故に、司法修習生が裁判所共済組合の組合員として組合から各種の給付を受ける資格を有するとしても、そのことから司法修習生にも新退職手当法の適用があるものと解することはできない。

してみると、司法修習生に新退職手当法の適用があることを前提とする原告の退職手当の請求もまた理由がない。

四  以上の次第で、原告の請求はすべて理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 吉 田 良 正

裁判官 北 川 弘 治

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